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HIPHOPの歴史3

2014.06.30

category : その他

昨日は船橋IRIEにBounce時代や久しぶりの生徒”ミホ”が来てくれました。
前にも書いたけど、昔の生徒がまた来てくれるっていうのは本当に嬉しいものなのです。


やっぱりダンスが好きなヤツはずっと好きなんだなー!と嬉しくなります。




と、本題ですが、
HIPHOPの歴史3
本当に最初軽い気持ちで書き始めたのですが、結構見てる人もいるみたいなのでちゃんと書くのが難しく、そして怖くなってきたので今回で終わりにしよう!(笑)


今のとこツッコまれてませんが、歴史はいつだって諸説あって難しいのです!
基本生徒とか生徒のかあちゃん向けに書いてるのて、かなり雑な部分もありますので、了承の上読んでね!


さて、いい訳は置いといて。
前回の2よりずいぶん間が空きました。


west sideのギャングスタラップの事とか書こうと思ってたんだけど、そういうのはネットを調べると沢山キチンと載ってるので、俺は切り替えて国内の事書こうと思います。



日本におけるHIPHOPが認識されてきたのはやっぱりNew jack swingからが一般的だと思います。
1番わかりやすいのは前回も出たMC Hammerじゃないでしょうか。
5821a.jpeg


本場アメリカじゃ、全然認められなかったとか、ヘタクソだからMCを取れ!とDisられてHammerになった事もありましたが、日本でのHIPHOPダンスってのを認知させるのに一役かった事は事実です。



自分も実はダンス始めたキッカケはMCハマーなのです。
当時一気に売れて、来日もして、とんねるずがゴールデンの番組でPVを真似たものを流したりしてました。


石橋貴明→MCハマー
木梨憲武→マイケルジャクソン


みたいな構図で盛り上がって本当にマイケルのライバルの様な扱いでした。


なんで売れたかって、ラップしながらここまでダンスを踊ったのは始めてだったんじゃないでしょうか。
とにかくPVは踊りまくりで『ギャー!!なんだこのイカした黒人はっ!!』と大騒ぎでした。
最も影響をうけたアーティストの1人です。


そして、New jack swingで欠かせないのが、Guyテディライリーです。

Guy-Album-Cover.jpg


当時20才くらいだったというから驚きですが、有名なボビーブラウンヘビーD&ザボーイズアルBシュア、他にもマイケルのアルバム”デンジャラス”etc...数々の売れっ子をプロデュースしてます。


HIPHOPの歴史の中で、このプロデューサーもかなり沢山の天才がいると思います。

DJ プレミアピートロック、ウータンの総帥RZAエリックサーモンDr.Dre、・・・後半で言えばネプチューンズティンバランドetc.etc....
しかしこのプロデューサーやらドンと呼ばれる存在も時代によって多数存在しずぎるので羅列してもよくわからないですね・・・。


そして、この辺りからHIPHOPミュージックも西のギャングスタラップが入って来たり、忘れちゃいけないのがC+C Music factoryGonna make you sweatという曲。
当時爆発的に売れて、自分も始めて聞いた時は1日に何十回も聞いてそのたびにこの曲かっちょええ~。。。とシビれていた記憶があります。


↑誰もが知っている青春の名曲です。


またこんな感じで曲を書き出して行くとキリがないのですが、
とにかくこの頃TVでダンス甲子園が始まってダンサー人口が一気に増えた気がします。


そして、ダンサー目線ですが、ZOOのPVからマライアキャリーのバックダンサーであったElite Forceが日本に知らされ、Dream lover"Emotions"という曲などで、スマートかつPOPなどを多用したstyleが出現し、New schoolと呼ばれる時代に突入したのでした。


Elite Forceを始めて生で見たのは、DANCE DELIGHTのゲストが始めてで、もうあの衝撃は絶対忘れられないという程でした。もう言葉では表せられないね。


この頃のダンサーは100%近く影響うけてるんじゃないでしょうか。



そして、HIPHOPの音楽業界でも、NasやOGなどのちょっと未来がかったスタイルが流行り、エレクトロが流行り、多種多様化して、今の時代になってるわけです。(←ここハンパなく端折ってますが)


話を戻しますが、音楽アーティストとしての日本でのHIPHOPっていうと一般的には”スチャダラパー”が認知を広げた気がします。


日本人ってHIPHOP聞くとき、歌詞はわからないので、リズムや曲調でかっこいいものを選ぶと思うんですが、スチャダラパーは歌詞がわかりやすい。
適当なラップやギャグの様なリリックが多いんですが、逆に、HIPHOPの要素である皮肉やブラックな言い回しがところ狭しと並べられてて、HIPHOPを良く知っていないと出来ないニクいテクニックが満載なのです。


一部のコアなラッパーも多く登場してますが、日本では血で血を洗うような抗争が繰り返されていたわけではないので、コアな歌詞やアンダーグラウンド過ぎる内容は一般の人にはピンと来ず、伝わりにくかったんだと思います。


でも、この頃からずっとアンダーグラウンドを追求したラッパーは音楽的な幅やスキルを上げて現在たくさん活躍してますね。


HIPHOPの特性上、オーバーグラウンドよりもアンダーグラウンドの方が本物っぽいノリがあるので、そのへんも多種多様化してる気がします。
これは日本も世界も同じかもしれないけどね。


話が小難しくなってきたのでこの辺で締めようと思いますが、HIPHOPの歴史を語る上でわかりやすいのが、どうしてもアーティストさんと共に説明することなので、まだまだ紹介したい人は本当にたくさんいます。


顔だけ↓
1196120233.jpg

スヌープドギードックなんて紹介しないで終わると思いませんでしたが、『あ、この人のコト書いてこの人書かないわけにいかないよな~』と、
どんどん細かくなって行くので、泣く泣く終わりにします(笑)



とにかく、HIPHOPの歴史と謳って、創世記~90年代中心にある程度書いてきたけど、本当に多くの事柄の積み重ねで今のHIPHOPがあるので、今の若いダンサーさんは踊りのスキルと共にこういった知識を踊りに組み入れられると、スキルだけじゃなく、Dopeな曲の使い方だったり派手な曲じゃなくても意味を見出して曲に入り込んだり出来るとスッゲーカッコよくなると思います。


ダンスの技術だけではダンサーというジャンルでしかないと思います。


HIPHOPのダンサーとしてカッチョよく踊れる人が育てられたら本当に嬉しいですね。


最後はHIPHOPの歴史から外れましたが、この辺で~。

よければ過去のとか、も(クリック)見てみてね。雑だけど・・・。



また機会があれば、アーティストさんの逸話と共に紹介してみるかもですー。




今週木曜日は久しぶりのお休みだー!
鎌ケ谷あたりでチラシ配ろうかなー・・・
休もうかな・・・・

どないしよー



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HIPHOPの歴史2

2014.06.10

category : その他

前回に続きヒップホップの歴史2です。

なるべく自分の言葉で書こうと思うのですが、やっぱり長くなっちゃいそうなので全部で3回くらいで終わりにしよう!
そうしよう(笑)


さ、前回ラッパーズデライトという売れたヒップホップの最初の曲として認識しやすい曲ですが、これです。




フレーズだけは聞いたことあると思います。
なければ、このフレーズは要チェキですね。
久しぶりに聞いたら使いたくなってきたなー。REDで使おうかな・・・。


因みにこの曲を出したレーベルがシュガーヒルレコードと言って、ラップと言う新しいジャンルを売り出す為の新しいレーベルなのですが、出てきた当初『なんだこいつらは?!』って程衝撃的だったようです。
そして、シュガーヒルギャングは当時無名でしかもブロンクス出身ではなかったので嫉妬の要素も強かったようですが、業界的にはこれがチャンスとなり前出のアフリカバンバータとかグランドマスターフラッシュが世に出るチャンスも増えたようです。


シュガーヒルギャングはシルビアと言うシンガー兼企業家がブロンクスでラッパーを探して結成されたようですが、元はCHICの有名曲に載せてライミングしてるので、後あと訴えられたらしい。
が、この辺もヒップホップって短いフレーズをサンプリングして曲にすることが多い文化なので、微妙なラインですね。
日本で歌ってるRBシンガーやラッパーさんもアメリカの有名曲のサンプリングやカバーで出してる歌ってのが本当に多いです。


むかーし昔、加藤ミリヤの売れる曲がカバーばっかりだったので自分のオリジナル曲無いのか。と思ってしまったほど。。。いや、もちろん有るんだけど。


因みにこのころ有名だった名称ってグランドマスターフラッシュとかコールドクラッシュブラザーズとかファンキーフォープラスワンファンタスティックファイヴとか、なんかゴッチャになりそうな名前が多いのでよりわかりにくくなる気がしますw


(さらに因みにハイブラの前身に同じバイトの01店舗メンバー+洋一の5人で構成された”01ファンタスティックファイブ”ってチームで踊ったことがあるんだけど、このユニットにマーベルのファンタスティック4をかけてるのです。
これは多分ハイブラのメンバーも知らないw)


さておき、
この後、当時コアだったアフリカバンバータ等より、カーティスブロウ(後のDEF JAMの創立者がプロデュース)などがオシャレなクラシックに載せたラップが世に出て行き、その後やっとアフリカバンバータ等のコアなヒップホップ曲が売れていったようです。
前回も書きましたか、アフリカバンバータプラネットロッククラフトワークと一緒につくり、最近でもダフトパンクがカバーしたりとかなりの有名曲になります。


そしてこの後、RUN-DMC(ランディーエムシー)等が台頭してくるのです。
このロゴは絶対見たことあるハズ。
ダンスチームのTシャツとかでもこのロゴの文字だけ自分たちのに変えて。。。ってのを結構見る気がします。

Run-DM.png

ちなみにこのRUN-DMC自分たちのスポンサーになってもらう為に、当時のアディダスの重役をライブに招待し、客に向かって「マイアディダスをアタマに掲げろ!」と言って客たちが皆アタマにアディダスを掲げたまま曲を披露し(当時アディダスはめっちゃ流行っていてみんな履いてた)、その光景を見たアディダス側がコレは宣伝になる!とラッパーとして始めてアディダスをスポンサーにつけたという逸話があります。

この行動力、発想、ココが凄いよね。


そして
ダンスの世界ではROCK STEADY CREWが映画WILD STYLEなどで有名になりました。(この辺急に凄く端折ってますが、このペースで行くと終わらなくなっちゃうので・・・)



その後一気にこのブームは一度去ってしまうようなのですが、コアに続けていた人はずっと残り続けていたので、また徐々に盛り上がりだすのですーー!!



そしてKRS-ONEなどが台頭してきてPUMP YA FISTのサントラや、PVにHIPHOPのダンサーを出したりしたのです。このあたりからB-BOYINGからHIPHOPって言葉が一気に認識されたんじゃないでしょうか。
krs-one.jpg
強そうです。



LL COOL Jなんかもこのころ出てきたと思います。
LL CCOL Jは映画チャーリーズエンジェルSWATDEEP BLUE、ドラマNCISにも出てるので知ってる人は結構いるんじゃないかな。ちなみにLadies loves cool james略らしい・・・彼のモテっぷりはハンパなかったようです。強くて愛嬌のある顔。わからなくも無いが名前の付け方も凄いね!)
俺は最初の頃の彼より大人になってからの方がキャラは好きです。
llcoolj.jpg
こっちもムキムキ


さらに合間は端折りますが、


この頃、
自分も始めてダンスにハマって色々な情報を集めたりしました。1980年代後半頃かなー。
が、当時は本当に情報が少なくて、MCハマー、深夜番組のDADA(EXILE HIRO君が所属したZOOがやってた番組ね。)
あとは輸入屋さんで手に入る向こうのPVの録画ビデオ。(当時1本3900円くらいで売ってた。録画なのに・・・)
こういうもののなかから少しだけ映っているダンスのシーンを盗み見て何度も繰り返して練習。そればっかりでした。


今だからわかるものの、
当時はラッパーさんがどこのラッパーかなんてわからなかったし、どういう意味で歌っているのかなぜ仲が悪くて抗争に発展する人までいるのか。そんなことは全く考えた事もなかったです・・・w




そして、有名な東西ギャング抗争的な(
あくまでレコードレーベルだけど)東(NY)のバッドボーイ VS 西(LA)のデスロウがあったりするわけです。

お互いNOTORIUS B.I.G2PAC という偉大なラッパーを殺されてます。
この辺は自分が凄く詳しいわけではないので気になる人は調べると色んな話が載っていると思います。


また長くなってしまったので、このヘンで終わりにしておこう。
いやー、終わらないね。


どんどん話が細かくなっちゃうし、難しくなっちゃう。
歴史の勉強みたいになっちゃう・・・ww


でも、こうやって、争いと発展、失敗と成功を繰り返し、今のHIPHOPが成り立ってきてるのでした。
争いは良くないって認識は日本人としてはあると思うけど、事実そこから生まれてきて大きくなっているのがHIPHOPというものであり、未だに流行りの最先端は常に向こうのHIPHOP MUSICで、そこから新しいステップやジャンルが生まれている。という流れはずっと変わっていない気がします。
日本はダンスの技術や独自のダンス文化は進んでいるけど、世界に向けて新しい流れを日本から生み出すと言うのはまだまだ難しい気がします。
まあ、基本の基本が向こうの文化ですからね・・・。


この辺はまえにZEEBRA君がインタビューで日本のダンスシーンが日本の曲を使ってくれないのは、まだまだ俺たちがダンサーがかっこよくて使いたい!と思える程の曲まで到達しきれていないみたいな事を言っていた気がします。


あ、また話が広がってしまった・・・。


もう一回くらいで適当に終わりにしたいけど、
気が向いたら書きまーす。


なんかあまり適当な事は書けなくなってきてしまったので、時間が掛かるのだ・・・・(>_<)






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HIPHOPの歴史

2014.06.10

category : その他

もう6月10日です。早いですね。本当に。


1週間の中でお休みDAYがなくなって、多少慣れてくるかなーと思いきや、なんか時間があるとグタっとなって過ごしてしまいます・・・。


ブログにあれ書こうこれ書こうとか、これちょっと感動したなー的なものがあったんだけど、時間が過ぎちゃうとそのときのリアルな感情がわかんなくなっちゃうんだよね・・・。


部屋の大掃除もしたいなーと思いつつだけど、それもいまいち出来ないまま・・・・。
余った時間で衣装探したり、絵を描いたり本読んだりは相変わらずしています。
実録者やドキュメンタリーなんかも読んでますが、重いものだと気持ちも滅入っちゃうけどねw






前前々回くらいにHIPHOPというもののジレンマ的なことを書いたのだけど、
この辺で少しHIPHOPのことを書いてみようかなーなんて思います。


あまり長くなるとってのもあるし、HIPHOPを語るにあたってめっちゃ色んな人の名前が出てくると、混乱するのであくまでダンサー目線の生徒とかにも解るよう、なるべくわかりやすく・・・!とは思いますが、俺の解釈でなんとなく進んでいきます。
すごーく色々調べると、HIPHOPの始祖は自分だと言う人が沢山いるようなので、あくまで一般的な知識ですが・・・。


HIPHOPはニューヨークブロンクス地区で生まれたと一般的に言われてます。


ディスコミュージックが流行っていた当時、HIPHOPってのは無くて、ゲットーな地区であるブロンクスではギャングカルチャーが蔓延していた。
その背景もやっぱり元々黒人は奴隷だった時代から開放されても、人種差別という過酷な時代が長かったからで、就職はおろか経済活動、生活、教育全てにおいて差別を受けていて、それが特に根強く残るのがこの地区だったようです。
(ちなみに話が飛ぶが俺がお気に入りで持っているNEWYORK BLACK YANKEESのTシャツがあるが、これも昔多くの黒人がメジャーに入れなかった時代に多くのアフリカンアメリカン等有色人種(日本人もいた)で構成されたニグロリーグというマイナーリーグのチーム名です。)


そんな状況では、無秩序になるのも当然で子供の頃から暴力、盗み、ドラッグでしか生きていく手段がない世界だったようです。こういうスラムとかの話って聞いてもいまいちピンと来ないってのが多いと思うんだけど、こういう世界を題材とした映画は結構あるので、一度見てみると多少はわかるかなーなんて思いますが、強盗、殺人当たり前の世界では自分たちが仲間とツルんで己の力を誇示しようとする流れは当たり前だったようです。


このギャングの中でひときわ力を持っていたかの有名なアフリカバンバータ率いる"ブラックスペイズ""セブンクラウンズ"で、この2チームの抗争が過激に過激を極め、戦争さながらだったようで、
これが長期化し無意味な殺し合いに疲れてしまったギャングも増え、まず最初に女の子が疲れてしまった。とのセリフは結構どこの文献にも載っています。


それを違った方向にエネルギーを向けなければ!!と思ったアフリカバンバータが音楽の要素やダンス、グラフティに目を向けた5人のBBOYからなる"ZULU NATION"を作った。
コレが今までのギャングとは異なり暴力の変わりに音楽やダンスにエネルギーを向けた初めての組織だったようです。



やばい。ここまでですでに結構長い。


でも、この時期にブロンクスに居た3人の代表的なHIPHOP3大スターの話は外せなくて、この頃DJクールハークという当時から人気のDJが居たのだが、ブレイクビーツ(歌詞と歌詞の曲間)でダンサーが一番もりががるのに対し、あまりに曲間が少ないので「あのイケテル時間が短すぎる!なんとか増やせないか!?」というところから2枚のレコードを使い、同じトコロを繰り返したり、スクラッチを編み出したと言われる。


そして、当時はブロックパーティというバスケのリンクがある広場のようなところにDJ機器を持ち込んでパーティする習慣が流行っていたのです。
このパーティ自体はギャング抗争当時からずーーーと続いていて、だんだんとDJとMCが組んでお客を盛り上げるスタイルが主流となっていく。


そこで台頭してきたのがグランドマスターフラッシュで色んなDJやMCと組んでお客に「SAY!HO!」などと煽りつつも盛り上げるスタイルが確立していったようです。


このアフリカバンバータクールハークグランドマスターフラッシュの3人のDJがブロンクスでの伝説のカリスマだったようです。
(本当はこの頃からのちに活躍する色々な人がブロンクスには居るんだけど、これ以上人が増えるとわけわかんなくなるでしょ??なので割愛します・・・。)

そしてドラム缶でスピーカーの音を増幅したり、派手なパフォーマンスでお客を盛り上げたり、アイデアを駆使して自分たちのDJプレイが一番イケてるんだぜ!!っていう戦いの毎日が始まるわけです。

とにかく、HIPHOPって悪いやつの文化って思われがちだけど、そうするしかなかった状況の中で本当の抗争から、音楽で戦いあうスタイルへ変化していった中には色んな犠牲や葛藤や苦労があったのだと思います。


そして、そういったスタイルの名残から「バトル」というスタイルがどのジャンルにも絡んでくる流れなのだと思います。
(ラップの中で相手をDISるのも、ギャング抗争からの名残だと思うので、本当の抗争をする事に比べたら犠牲を出さない中でバトルする知恵の結晶なのかもしれません。日本人には理解しにくいけど、むかしZEEBRAがドラゴンアッシュの降谷建志をDISってファンとにZEEBRAって器が小さいみたいな噂が立ったことが会ったけど、HIPHOPではよくある事なのです。)


だって、ワルしかいない地域の最大のヘッドであるバンバータが、このあと、ピースや愛をテーマにして若やつ達の目を音楽に向けさせて沢山のHEADS(HIPHOPにハマっている人)を生み出していくんだよ?
普通の状況では考えられないよね。

もうそれだけギャング抗争での犠牲や疲弊があったのだろうなと思います。


そして、この後シュガーヒルギャングというユニットからラッパーズデライトと言う、HIPHOPやってる人の中では避けては通れない伝説の曲が出現するのです。。。。


って


すっげー長くなっちゃうねww

途中でどうしようか迷ったわ。

そしてなんか情報も俺の記憶の曖昧な中なので、続けるの怖くなってきたわ。


でも、1回この辺にしといてまたちょっと書きたいときに書く事にします。


何が言いたいかっていうと、HIPHOPはあまりいいイメージが無い人も居るかもしれないけど、そういう文化の中から生み出された音楽なのです。
そしてこの音楽が今は一大勢力となって、世界を席巻しているのです。


ゲットーな地域の何も持たない人が、音楽で世界を変えれる力を持つまでの文化になっちゃってるわけです。





だから逆の意味では、最近はファッションやカルチャーとして広く受け入れられてきたHIPHOPですが、
ついこの間までは、それを真似している日本人って「黒人が好きなの?」って
不思議だったみたいだね。
恵まれている日本人がそういうものにあこがれてるっていう意味がわからなったみたいです。
おちょくっているようにも思えたみたい。


まあ、そうだよね。


ちなみにお気にのブラックヤンキースのTシャツも日本では着れても、さすがに俺もアメリカでは着れません・・・・・・。



なめてんのかてめえ


と言われそうで・・・。


ってなことでまたーーーー。



因みにアフリカバンバータはこのPlanet rockで有名ですね。

http://youtu.be/9lDCYjb8RHk





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大雪~!!

2014.02.10

category : その他

今週の土日は45年ぶりの大雪ってことでビックリの積雪でした・・・・。

snow2d.jpg


snow1.jpg
土曜日の3時でこの状態。夜には車の上が積もりまくってキャンピングカーみたいでしたw


おかげでREDHOTが土日ともお休みにー(>_<)

さすがに日曜日まで休むとは思ってませんでした。

が、

お昼過ぎに1回車でドライブしてみたところ、

あ、ダメだこりゃって感じでした。

チェーンはいていても滑るしハンドル取られるし。


大きい道路意外は雪が深すぎて車がハマって止まりまくってました。
そしてJAFがいつ来るかわからないってー。

snow3.jpg
snow4.jpg
すれ違いも超ギリギリでした・・・。


そりゃそうだよね。


ってな訳でお休みしたけど、改めて休むしかなかった気がします。

しかし

イベントがあるのにこのお休みはなかなか大打撃です(笑)


まあ、こんなときもあるのかもね。
自然には勝てません!




ヒマになってしまったけど、
HPの更新とか普段できない事をやりました。


しかし、なんとなくですが
昔新聞配達のバイトしてたときの事を思い出しました。


雪の日も配ってたなあ~と思って懐かしく感じました。

といっても、

新聞配達のバイトをしていたのは中学生の時。

おかんが配達してたのにくっついていって、
朝4時に新聞にチラシを詰めて俺は自分が配るところへ一人で行き

毎日毎日配ってました。


今考えると、ちゃんと新聞屋さんに一緒に顔出してたので中学生が配っているのはOKだったんですかね・・・。


でも1年半くらいやってました。


朝仕事して、そのままちゃんと中学校に行って
どうしても欲しかった当時のパソコンを自分のお金で買ったのを覚えています。
(WINDOWSの全然前のPC8801シリーズってやつね)


小学校の時は凄く子供だったけど、(あたりまえ)
この経験で結構しっかりした気もします。


逆に早起きして新聞配ってそのあと学校とか今だったらできないなーっって思ってしまいます。


それくらいパソコン欲しかったのかなー。
実際そのあとそれほど使った記憶は無いのでしたww



でも、欲望や夢や手に入れたいものって強烈にあると
努力っていうより自然にその方向にパワーが出てたんだなーと思います。


自分の好きな事、行きたトコ、やりたい夢


強烈に叶えたいって思う気持ちは忘れないようにしよう~っと!!

絶対大事!!


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朝食ビュッフェ中~

2010.12.11

category : その他

今日は妹の結婚式だけど、

兄弟のポジションって忙しさが

微妙で以外にやる事がないので、

親族のお迎えとかになっちゃうなー。

オトンはタキシード着に行っちゃったし、

オカンは着物着に行っちゃったし、

俺は一人ポチ子で朝食ビュッフェなう

な感じです。



今日は2次会でハイブライトタイムズが踊ってくれます。

わーい

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